“精”を補う方法論

老化とは“精”の減少過程

 世界史上かつてないほどの超高齢社会となっている日本ですが、この傾向は今後十年以上続くことが予想されています。国連の統計でも昨年度の全世界の人々の平均年齢が29.6歳に対して日本は46.5歳で世界一となっています。今後益々増えていく高齢者の健康を維持することに関しては、いうまでもなく五臓の腎を補うことが重要であり、“腎”が蔵すとされる“精”をいかに充実させるかが問題となります。

 “精”とは生命の根源物質のようなもので、両親から受け継いだ“先天之精”が骨や脳だけでなく肉体を構成する物質的な基礎となるとともに、“精”が燃えて“命門之火”ともよばれる腎陽が発現します。更に、この“命門之火”に温められることによって“後天之本”ともよばれる五臓の“脾”が機能することで飲食物のなかから最も栄養の濃い部分を“後天之精”として取り込むことになっています。

 一般的にいって“精”が不足する原因としては、食べものに問題があるのか、脾胃(胃腸)の機能が低下していて飲食物から“精”を取り込むことができないか、もしくは重労働や房事過多など“精”を消耗しすぎているかということになります。いずれにせよ、“精”が不足してくると“命門之火”の火力が低下して“脾”すなわち胃腸機能が低下することで飲食物から得られる“後天之精”が減少して、更に“命門之火”が衰えるという悪循環に陥ってしまいます。このような過程がゆっくり進むのが老化とよばれる現象のベースになります。よって、高齢者の健康を維持するためには“精”を補う作用のある鹿茸などが適しているわけですが、胃腸機能が低下している場合は胃腸機能を調えることを並行して行う必要があります。また同時に、口腔ケアを定期的に行うことは、食生活を充実させるだけでなく、老化予防や免疫力の維持に関しても重要であることが近年の研究から示唆されています。

 

若年層の“精”の不足

 さて、各種統計をみても若い人達のなかで骨密度の低下やアレルギー疾患の増大、あるいは性ホルモンの低下などの問題を抱える人が増えています。これらも症状だけをとらえると腎虚ということになりますが、先天不足とよばれる“先天之精”が不足していることが背景にある場合を除くと、成長期において食生活の乱れから“後天之精”を取り込むことができていない事が原因となっているケースが多いように思われます。

 こういった患者さんには腎虚症状や腎精不足が主訴であっても、補腎よりも胃腸機能を調えるとともに食生活の指導をすることで、自力で飲食物から“後天之精”を取り込めるようにすることを優先します。因みに食生活の乱れといっても、食べものの問題よりも、食事の仕方に問題があることによって胃腸機能が低下してしまっているケースが目立ちます。つまり何を食べたら良いかという話以前に、まず「時間」と「温度」と「噛む回数」の三つのことを確認して、問題があれば改善してもらう必要があります。

  「時間」とは主に夕食の時間で、若い人を中心に夜の9時以降に食事をとる人が増えてきており、なるべく夕食は早く食べるか、夜遅く食べる場合はあっさりしたものにした方が胃腸に負担とならないことを説明します。「温度」とは、体温より低い温度のものをできるだけ摂らないことを勧めますが、お子さんなどの場合は冷たい飲み物やアイスクリームを食べた後に温かいものを飲むように指導します。「噛む回数」については、二〇代以下の若い人に目立ちますが、ほとんど噛まずに飲み物などで流し込むように食べるという方が増えており、一口30回を目標によくかんで食べるようにしてもらいます。これら三つのポイントを確認して問題があれば改善してもらわないと、いくら栄養のあるものを摂ったとしても胃腸機能が低下して“後天之精”が不足し、そのことが骨密度の低下や免疫の異常、不妊症など腎虚的な症状につながっていきます。反対にいえば、この三つに問題がある若い人なら、そういった習慣を改めるだけでも“精”は回復しますし、その上で脾を調えたり、“精”を補う処方を用いると、より早く改善します。

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