辰年に寄せて

龍について

今年の干支は“甲(きのえ)辰(のたつ)”です。辰=龍で、中華文化圏では縁起の良い年とされ、中国などでは辰年にはベビーブームが起こるそうです。

龍は十二支の中でも唯一、想像上の動物ですが、中国ではすでに紀元前の甲骨文にも龍の字の原形がみられるほど古くから知られていました。紀元前2世紀に記された『淮南子(えなんじ)』には、飛龍、應龍、蛟龍、先龍がそれぞれ、鳥類、獣類、魚類、甲殻類の祖であると記されており、中国に於いて龍はあらゆる動物の祖としてあがめられてきました。更に、龍は天に登ることができることから、唐の時代になると龍は天子である皇帝のシンボルとされ、宋の時代には五本爪の龍は皇帝のみが使用できる文様と定められました。

明の時代の『本草綱目』にも“龍”は収載されており、後漢時代の三賢人の一人とされる王符の“龍の角は鹿に似、頭は駝に似、眼は兎に似、頸は蛇に似、腹は蜃に似、鱗は鯉に似、爪は鷹に似、掌は虎に似、耳は牛に似ている”という九似説を紹介しています。因みにこの中の“蜃”も想像上の動物で、角とたてがみをもつ大蛇ですが、雨が降りそうなときに、この“蜃”の吐く息の中に出現するのが“蜃気楼”です。

また、中国では龍にまつわる逸話も多く、日本でもよく使われる“海千山千”という言葉も、蛇も海と山に千年ずつ棲めば龍となるという言い伝えが語源とされるほか、“登竜門”という言葉も黄河中流の龍門とよばれるところの急流を鯉が登りきると龍になるという故事から来ています。日本ではお寺の天井画などに龍が描かれたりしますが、これは洪水に遭遇した釈迦を龍が救ってくれたという故事から、仏教の世界で龍は守護神とされているためです。

龍脳について

さて、生薬の世界でも龍骨や龍胆、龍眼肉など“龍”の字がつくものがいくつかありますが、中でも龍脳は古くより高貴薬として用いられてきました。龍脳はボルネオ島などに自生するフタバガキ科の大木である龍脳樹の樹脂が析出したもので、独特の芳香があり、生薬以外に香料としても珍重されてきました(唐の玄宗皇帝が龍脳を楊貴妃に贈ったという逸話もあります)。主成分はd-ボルネオールで、現在では龍脳樹が絶滅の危機にあることなどから、天然の龍脳は殆ど使われなくなっており、d-ボルネオールと分子構造が似た樟脳の成分であるカンファーを還元することで得られるd-ボルネオールが龍脳として用いられています。

生薬としての龍脳は、麝香などと同じ開竅薬に分類され、開竅醒神作用、すなわち意識をはっきりさせる効能があるとされており、六神丸などにも配合されています。ただし、麝香よりも効能が劣り、麝香の補助薬として利用されることが多いです。また、もともとスマトラ島の住民が龍脳を額に塗ったら頭痛が治ったことから、現地では頭痛や歯痛に応用されていたそうですが、漢方では、“痛み”とは“気”の流れが遮断されることで発生するとされおり、“気”の巡りを良くしてくれる龍脳が有効であったと考えられます。痛みに関しては、西洋医学の世界でもストレスの強弱によって同じ痛みに対する感じ方が大きく変わることが古くから知られていますが、そもそも痛みは、それ自体がストレスとなって更に“気”の巡りを停滞させ痛みが強くなることもあり、痛みの疾患に麝香や龍脳を用いることには意味があります。

あと身近なところでは、書道で用いる墨にも香りづけとして龍脳が使用されてきました。墨は、煤(すす)と膠(にかわ)からできていますが、動物の皮を煮込んで得られる膠(にかわ)のにおいをかくすことのほかに、精神を落ち着かせる効果を期待して龍脳が用いられてきたものと考えられます。

 

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