ノーベル賞に際して“腎”について考える

オートファジーとミトコンドリア

 今年のノーベル医学生理学賞は大隅良典博士のオートファジーに関する研究に対して贈られました。オートファジーとは、一般的には飢餓時などの栄養不足状態に対応して細胞内の成分を分解してアミノ酸などをリサイクルするシステムと紹介されていますが、その後の研究で、細胞の正常な状態を保つために細胞内の特定のタンパク質や細胞小器官(オルガネラ)を選択的に分解する選択的オートファジーとよばれるものもあることがわかりました。特に、細胞内においてTCA回路を通じてエネルギーを供給するとともに、熱産生を行うなど生命現象に重要な役割を担っているミトコンドリアは活性酸素などにより障害を受けやすく、その“品質管理”に関して、機能面に問題を生じたミトコンドリアを選択的に分解するマイトファジーと呼ばれる機構が注目されています。

 いずれにせオートファジーは細胞内に蓄積した異常蛋白質や不良ミトコンドリアを分解することによって正常な細胞の機能を維持することに欠かせないシステムでもあり、オートファジー活性が低下すると、加齢により蓄積したミトコンドリア遺伝子の異常などによりミトコンドリアからの活性酸素が増大して細胞の機能低下、すなわち更なる老化につながるとされています。因みに、遺伝子の異常によりミトコンドリアの機能が低下する難病であるミトコンドリア病では、エネルギーを多く必要とする骨格筋や中枢神経系に異常が生じやすく、ミトコンドリア脳筋症とも呼ばれています。このミトコンドリア病に対して、昨年、これまでの抗酸化作用による方法ではなく、ミトコンドリア内に存在するミトフィリンと呼ばれる膜タンパク質に結合してATPを増やすという新規化合物が東北大学などの研究チームによって発見されています。 

ミトコンドリアと“腎”

 さて、ミトコンドリアは、約20億年前に独立した好気性の細菌(αプロテオバクテリア)が古細菌の細胞内で共生関係を結び、その後ミトコンドリアへと進化していったとされています。ミトコンドリアの主な働きは生体エネルギーであるATPと熱の産生であり、ミトコンドリアなしでは健康どころか真核生物そのものが存在し得ません。また、長寿に関する研究では、東京都老人総合研究所の研究チームによると、ミトコンドリア遺伝子にある種の変異をもっている人は成人発症性疾患にかかりにくく、百歳以上まで生きられる可能性が高いそうです。詳しい機序については不明ながら、ミトコンドリアの活性酸素に対する抵抗性を高めている可能性が指摘されています。

 ところで、ミトコンドリアが先祖代々受け継がれ、持って生まれた生命エネルギーの発生源であり、歳とともに劣化していくことを考えると、漢方の世界でいう“先天之腎気”や“腎陽”とよばれるものとイメージが重なってきます。“腎”に関しては、易でいう坎の卦(上下の陰に挟まれた陽)であらわされ、“腎陽”は水中の火ともよばれますが、細胞内液という水の中で熱を産生しているミトコンドリアは正に水中の火といえます。もちろん、西洋医学と東洋医学ではその体系が異なりますので、イコールではありませんが、生体に対してミトコンドリアが担っている機能を考えると、五臓の腎や腎気、腎陽などとの関連性を強く感じます。

 また、人が生を受けてからは“後天之本”である脾(胃腸)の働きによって飲食物から栄養物質(後天之精)がミトコンドリアに送られ、腎陽が発現するわけですが、やがて歳とともにミトコンドリアに異常な遺伝子が蓄積し、その機能が低下していく過程を腎虚と呼ぶともいえます。また、このときに細胞内液の減少が進むことを腎陰虚と呼び、細胞内液の減少に対してミトコンドリアの熱産生能力が相対的に低下した状態が腎陽虚だとも言えます。

  冬の季節の養生法としては、寒い屋外にあまり出ずに、春の活動期にそなえて積極的に“精”を養うことが重要とされていますが、これもミトコンドリアの機能のうち、ATPの産生よりも熱産生の方に重点をおくための方法ともいえます。実際に、寒い地域の民族と暑い地域の民族では、ミトコンドリアの遺伝子の違いによってATP産生と熱産生の比率が異なっていることが知られています。

  このように考えてくると、補陽薬とされる鹿茸などはミトコンドリアのATPや熱の産生力を高めたり、劣化を防いでいる可能性はあると思います。

 

 

 

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