人の三宝について

精・気・神

 漢方では、人体の構成について陰陽だとか五臓六腑、あるいは気、血、津液(水)、精といった切り口でみるのが一般的ですが、人の生命現象のとらえ方として“三奇”または“三宝”とよばれるものがあります。これは精、気、神の三つを軸にしたとらえ方で道教の思想の影響を受けたものとされています。

 精とは生命の根源物質のような存在であり、生命の始まりについて黄帝内経に“両神あい搏(う)ち、合して形をなす、常に身に先じて生ずるは、これを精という”とあるように、男性と女性の精が合わさることにより新たな精が生じ、精は生命の種火ともいえる命門の火の燃料として用いられつつ、肉体を構成する物質的な基礎となります。現代風にいえば、新たに生じた精=受精卵であり、これが細胞分裂を繰り返して肉体がつくりあげられていくわけです。また、精の不足は子どもの成長の問題、生殖能力や免疫力の低下、あるいは骨粗鬆症や脳の老化に深く関わっています。

 気とは簡単にいえば人体の諸機能を発現するためのエネルギーのような存在ですが、気は精をもとに生じる(先天の気)とともに、気の働きによって飲食物に含まれる最も栄養の濃い部分は“後天の精”として補充されていきます。

 神とは、教科書的には思考・分析・判断・処理など、意識や思惟活動のことを指しますが、淮南子に“形は生の舎なり。気は生の充なり。神は生の制なり。”とあるほか、周易に“神なるものは万物に妙にして言を為すものなり”とあり、生命に限らずこの世の万物を万物たらしめているというか主宰する存在であり、“神を得るものは昌(さか)え、神を失うものは亡ぶ”(黄帝内経)とあるように、生命にとって最も重要なものとされています。また、人体の精と気が旺盛であることで神が充実し、精気が衰えると神のパワーも低下するとされています。更に、人の健康状態は神にあらわれることから、四診のひとつである望診では、まず患者の神を診る望神が筆頭にあげられています。

 いずれにせよ、精、気、神の三つは相互に密接に関係しており、この三つが充実していることが健康を維持するためには重要であるということです。

 

陰精を補う亀板と陽精を補う鹿角

  さて、名医方論の中に人の三宝(三奇)から亀鹿二仙膠を解説した箇所があり、“人に三奇あり、精・気・神は、生生の本なり。精傷(やぶ)るればもって気を生じることなし、気傷るればもって神を生ずることなし、精不足はこれを補うに味をもってす。鹿は天地の陽気最全を得て、よく督脈を通じ、精に足るもの、故によく多淫して寿す、亀は天地の陰気最厚を得て、よく任脈を通じ、気に足るもの、故によく伏息して寿す。二物は気血の属、また造化の玄微を得て、異類有情、竹破竹補の法なり。人参は陽たり、気中の怯を補う。枸杞は陰たり、神中の火を清す。この方や、一陰一陽にて偏勝の憂なし、気に入り血に入り、和平の美あり。これ精生じて気旺じ、気旺じて神昌えるにより、庶は亀鹿の年に幾(ちか)きなり、故に二仙という。”(※)と記されています。

  簡単にいえば、亀鹿二仙膠は人の三宝の中でも精を補うことに重点がおかれた処方ですが、精の不足をきたしているものの、特に陰虚でほてりやすいとか、陽虚で冷えやすいといったことがない状態、専門的にいえば命門の陰陽両虚に用いられるもので、陰精を補う亀板と陽精を補う鹿角で精の陰陽をともに補い、それにより“気旺じて神昌える”効があるとされています。

  もっとも、亀板と鹿角の組み合わせでは明の時代の景岳全書にある命門の陰不足に用いられる左帰丸(熟地黄、山薬、枸杞子、鹿角膠、亀板膠、牛膝)にもみられ、一般的な処方では腎陰虚に用いられる六味丸などが適応する病態で精の不足が考えられるときに亀鹿二仙膠を加えると効果が高くなると思います。

(※参考文献「中医臨床のための方剤学」(医歯薬出版社))

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