食欲の秋に日本語の乱れを考える

 今年の9月に文化庁から「平成27年度の国語に関する世論調査」の結果が発表されました。この中で、「ら抜き言葉」のうち「見れる」「出れる」という表現を普段使う人の割合が、「見られる」「出られる」を使う人を上回ったことが報告されていました。ただし、「日本語を大切にしている」と答えた人が8割近くにのぼり、言葉の乱れが進んでいるわけではないとの見解でした。

 ところで、薬局でなにげなく使っている言葉も乱れているというか、意味が正確に捉えられていないのではないかと感じることが多くなってきています。食欲の秋を迎えて店頭で気になる日本語について以下にいくつか挙げておきます。

■食欲・・・食欲の有るなしを確認することは、漢方的には脾胃の状態を推し量るのに重要な質問の一つですが、「食欲はありますか?」という質問に対して「はい」と答えたからといって「食欲」があるとは限りません。そもそも食欲があるというのは、健康的な空腹感があって食べたいと感じている状態を指しますが、現代ではあまりにも「食欲」がない人が多くなって、胃腸の調子が悪くて食べられない状態、すなわち「食欲がない」状態以外であれば、空腹感が無くても「食欲」があると答える方が目立ちます。

■食べる・・・たとえ食欲があって3食食べていますという方でも注意が必要です。20代以下の若い人に目立ちますが、食事の際に、ほとんど噛まずに、お茶などで流し込むように「食べる」方が増えてきています。「流し込み食べ」とよばれていますが、消化不良や食中毒リスクの増大、成長期にあるお子さんでは歯やあごの発達に支障をきたすほか、漢方的には脾虚の大きな原因となります。現代は、「食べる」とはどういう行為を指すのかを説明しなければいけない時代です。

■夕食・・・薬の服用時点に関して処方せんにも「夕食後」などと記載されますが、中年以下の方で「夕方」に食事をしている方は間違いなく少数派だと思います。平成22年度の食育白書では、20代、30代では男女によって多少異なりますが、21時以降に食事を摂る人が2割から3割近くもいることが報告されています。21時以降に食事をして、食後3時間程度で就寝しているとすれば、胃の中に食べものが残っている状態で眠ることになって、消化不良や逆流性食道炎の原因となるほか、睡眠の質も悪くなります。また、このようなケースで胸やけがするからといって胃酸を抑えるような薬を漫然と服用していると、さらなる消化不良をまねくことにもなりかねません。

■冷たい・・・飲食に関して、冷たいものはおなかを冷やすから控えていますとか、飲み物も常温で摂るようにしていますという方がおられますが、食養生的には“冷たい”というのは“冷(さ)めた”ものを指します。夏の暑い時期でもおなかを冷やすので、生ものや冷(さ)めたものを摂りすぎては行けないというのは食養生の基本ですが、もともと食に関しては体温より低い温度は“冷たい”わけで、冷蔵庫の普及以来「冷たい」という基準が20℃くらいは低くなったような気がします。特に暖房設備が整った現代では真冬でもビールや冷たい飲みものを常用される方が多くなって、このことが胃腸機能を低下させ、気虚(衛気虚)や水分代謝異常をまねいて花粉症などのアレルギー疾患へとつながっていきます。

 以上、言葉の使い方で日頃気になっていることを挙げておきましたが、漢方医学(東洋医学)の体系そのものが“養生七分、治三分”という言葉があるように養生を重視したものであり、これだけ養生にかかわる言葉が乱れているということは、“不養生”が蔓延している現実を反映していると強く感じます。

  養生に関しては、最近の分子生物学などの研究成果からも、腸内細菌バランスの改善やミトコンドリアを元気にすることを通じて健康を維持するための方法論として、古来いわれてきた食養生をはじめとした養生法が優れていることが次々と解明されてきているのも事実です。西洋医学にも“生活習慣病”という言葉はありますが、製薬メーカーにも患者さんの側にも、依然として生活習慣を見直すよりも“画期的な新薬”で病気を治したいという願望が強いのが実態だと思います。しかしながら対症療法として“効く”薬は開発されても、生活習慣をおざなりにしていても生活習慣病が“治る”薬は今後ともできないと思います。

  最後に、昭和の漢方医学界の巨星である大塚敬節先生のお言葉を紹介しておきます。~“うたかたの如く消えゆく新薬に命を託す人あわれなる”

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