病気は人を選ばない?

 先日、某生命保険会社のCMを見ていたら「病気は人を選ばない」というフレーズが耳に飛び込んできました。「でも人は、治療を選ぶことができます」と続いて、先端医療もカバーしている保険にお入り下さいという主旨のようですが、漢方の立場から言えば、間違いなく病気は人を選びます。

 漢方では病気になる原因として、先天的または後天的な体質、環境因子、精神的なストレスや飲食の状態、瘀血や痰湿といった病理的産物などを挙げており、病気になるからには、それなりの理由も前兆もあるというのが大前提です。また、その治療に関しても病気になった過程を考慮に入れて治療方法が決定されます。事故や災害による外傷ならまだしも内科的な病気までアクシデントのように捉える考え方には東洋医学の土台である養生や未病といった概念の否定にもつながるわけで、この「病気は人を選ばない」というフレーズに反射的に違和感を覚えたわけです。

 しかしながら日本の現状を考えてみると、毎年受けている健康診断で問題が無くても、いきなり末期ガンが発見されたとか、血圧や血糖値が上昇して要治療と言われたといった話は珍しくもありません。更に、いくら生活習慣病と言っても同じような生活をしていて発症する人としない人がいるわけで、「病気は人を選ばない」という言葉に違和感を覚えない人の方が多いのかもしれません。

 漢方の立場から大局的に病気というものを考えると、黄帝内経に「百病は気より生じる」とあり、健康でいるためには気が十分に生成されることと、気の巡りに滞りがないことが必要であるとされています。気の生成や巡りに問題が生じた状態が続くことによって未病といわれる状態を経て本当の病気になっていきます(そもそも病気という言葉自体が“気を病む”と書きます)。気の生成は五臓の脾、肺、腎が関係しますが、主に脾すなわち胃腸の機能が正常であることと食事の内容が重要です。あとは気の巡りが滞らないように適度な運動やストレスの影響を排除する工夫が大事で、これらが養生の基本となります。もちろん人によって気の生成と巡りの状態は千差万別で、体質や生活環境なども様々であり、このことが病気に選ばれるかどうかの決めてとなります。

 また、病気に選ばれそうになった状態、つまり未病の段階~西洋医学的な検査で特に異常がないもののなんらかの症状を訴えるような場合~の対応策ですが、まず睡眠の状態と胃腸(食欲と便通)の状態を確認します。睡眠に問題がある場合は、睡眠状態の改善を優先し、次に胃腸の状態を改善していくことを基本とします。ただし、睡眠状態に関して寝付きは良くても眠りが浅いとか、夜中にはっと目が覚めるといったケースでは本人に不眠の自覚がないことが多く、問診で確認する必要があります。胃腸に問題がある場合は、漢方処方を服用するだけでなく、生冷過食や夜遅く食事を摂るなどの問題から胃腸機能低下をきたしていることが多く、これらの改善も指導する必要があります。

 睡眠と胃腸機能が正常化すれば、即ち快食、快眠、快便という状態であり、それで“病気に選ばれる”ということはまず無いはずです。尚、人間の免疫力に大きく影響する成長ホルモンという観点からは、睡眠の状態が正常化することはノンレム睡眠時に十分な量の成長ホルモンが分泌される事につながり、胃腸機能が正常化することは、成長ホルモンの分泌を強力に促すグレリンというホルモンが胃から十分に分泌されることにつながります。

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