涙もろいのは自己防衛反応?

 つい先日、自殺に関する成人の意識調査の結果を内閣府が発表していましたが、それによると「自殺したいと思ったことがある」と答えた人が23.4%にのぼり5年前の調査よりも4.3ポイント上昇したとのことです。特に二十代では28.4%と最も高く、五十代以下でも25%を超えており、四人に一人は自殺を考えたことがあるという結果になっています。日本の自殺者は昨年まで十四年連続で三万人を超えており、言うまでもなく、その背景には精神的なストレスが大きく影響していると思われます。

 漢方では精神的なストレスに関して五志七情として怒、喜、思、悲(憂)、恐(驚)を挙げており、中でも現代社会に於いて最も多いのが「怒」というストレスです。前回も書きましたが、この“怒”というストレスは、 “怒り”というよりも、本来の字義は“奴隷”の“心”を指しており、“自分の思い通りにならないことに対してイライラする”という心情を指しています。また、このタイプのストレスが持続すると、中医学の教科書などではやがて怒りが爆発するとされていますが、国民性でしょうか、日本人に限ってはいつまでも鬱々として気の流れが停滞した状態が続く傾向が見られます。

 また、このタイプのストレスを受けている状態では、からだに様々な症状が現れるものの、本人もその症状がストレスによるものだとは自覚していないことが大半です。具体的には、食後に胃もたれがする、ゲップやガスがよくでる、便がすっきりと出ないなどのほか、女性であれば生理前に胸や脇が張ったり痛くなる、生理開始時に生理痛がある、生理の周期が乱れやすいなどで、情緒面ではイライラするとか、何もする気がおきないといった事も気の流れの滞りから生じやすい症状です。その他にも、一見関係なさそうですが、ストレス状態が続くと辛いものを好んで食べるようになったり、涙もろくなるようです。

 辛味に関しては発散という意味があるので、気の流れが停滞していると無意識のうちに欲するようになると考えられますが、唐辛子などは胃腸の粘膜に悪影響を与えかねませんので、ハッカやミントといったものをお勧めするようにしています。また、涙に関しては古くは黄帝内経にも記されていますが、金元四大家の一人である張従正が得意としていた五行の相勝関係を使ったカウンセリング療法が有名です。即ち、「怒」というストレスにさいなまれている人には「わざと悲しませて泣かせる」ことで「怒」というストレスの影響を和らげることができるとされています。また、「怒」というタイプのストレスを受け続けていると、患者さん自身も自然と涙もろくなるようです。因みに、五行説では肝(怒)の五液は涙です。

 西洋医学的には、二十世紀後半になってから、タマネギなどの刺激物が目に入って出る涙と、感情的に泣いたときに出る涙では成分が異なり、感情的な涙にはストレス物質であるACTH(副腎皮質刺激ホルモン)が含まれていることが確認されています。即ち、感情的に泣くことで、ストレス物質を体外に排泄し、すっきりとした気分にさせる効果があることが示唆されています。

  ところで、ACTHはからだを緊張させ、睡眠に対しては抑制する作用があります。更に、やっかいなことにACTHは睡眠中に体内で分解されるため、ACTHが多く分泌されると、これを分解しようとして眠たくはなるものの、ACTHのせいで眠れないという矛盾した状態になることがあります。言葉をかえれば「虚労、虚煩し眠るを得ざる(心もからだも疲れているのに眠れない)」状態で、正に酸棗仁湯が適応する状況ではないかと思います。

 

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