“腎水を滋し、虚火を降ろす”

体内の慢性炎症は寿命を縮める

 夏の日焼けの跡が気になる季節となりました。日焼けは紫外線による活性酸素を原因とする炎症反応といえますが、近年の研究では健康にとってより問題になるのは、日焼けや気管支炎などの急性の炎症ではなく、自覚されることの少ない体内における慢性的な炎症であるとされています。本稿でも以前にご紹介した慶応大学と英国の大学による大規模な疫学調査で、長生きする人は炎症マーカーの数値が低いことがわかっていますし、理化学研究所などによると慢性疲労症候群において、患者の脳内に炎症がみられることも報告されています。

  炎症は精神的なストレスや化学物質などによる活性酸素の発生などのほか、順天堂大学によると腸内細菌バランスの乱れによって、腸管の透過性が亢進して腸内細菌が生きたまま血液中に移行することで、結果的に肝臓や筋肉組織における慢性的な炎症を引き起こし、このことが2型糖尿病におけるインスリン抵抗性の原因となることも報告されています。

 また、関節リウマチなどの炎症性自己免疫疾患ではインターロイキン6とよばれる炎症性サイトカインが関与していることが知られているほか、がんの末期症状である悪液質とよばれる状態にもインターロイキン6などの炎症性サイトカインが異常産生されることが明らかになっています。この悪液質という状態では、インターロイキン6によって筋肉組織や脂肪の分解が促進されることでからだがやせ細っていくとともに、血液中のアルブミンの生成が抑制されることで胸水や腹水が生じやすくなるほか、消化管における鉄分の吸収やヘモグロビンの合成も阻害され、がん性貧血の要因ともなります。更には、インターロイキン6は肝臓の炎症を誘発するほか、がん性の疼痛などの神経障害性疼痛やうつ病など精神的な抑鬱状態との関連性も指摘されており、がん患者の延命などに対して炎症性サイトカインの異常産生をいかに抑えるかが課題となっています。

くすぶり型炎症と腎陰虚

さて、近年の研究で、加齢とともに増加する動脈硬化やアルツハイマー病など様々な疾患や老化そのものの進行にも慢性的な炎症が関与していることがわかってきています。因みに、このような慢性的な炎症は、明らかな発熱や痛みなどの自覚症状を伴わないことが多いことから、“くすぶり”型炎症ともよばれています。

 漢方的に考えると、老化とはすなわち五臓の“腎”をはじめとして陰虚が進行していく過程でもあり、くすぶり型の炎症は陰虚による虚熱と考えられます。蛇足ながら、腎陰虚であれ腎陽虚であれ、その中心は腎陰虚であり、腎陽虚というのは陰虚よりも相対的に陽虚が進んでいるだけで、腎陰虚を内包していることにかわりはないといえます。これは、腎陽虚に用いる八味丸に腎陰虚に用いる六味丸が含まれていることからも理解いただけると思います。因みに、西洋医学的見地からも、腎臓は活性酸素の発生量が多いところで、加齢により機能低下が最も進む臓器として知られています。

 いずれにせよ、老化に伴うくすぶり型の炎症反応を抑えるためには腎陰を充実させることが重要で、中国などでは健康維持のために中年以降に六味丸のようなものを保健薬代わりに常用するという認識が広く受け入れられていますが、最新の科学的な見地からも健康維持のためには理にかなっていると思われます。また、ある程度の年齢になってからは亀鹿二仙膠のようなものを常用することはくすぶり型の炎症を抑えるのにはより効果的です。亀板で腎陰を強力に補うことは虚熱の発生を防ぐことにつながりますし、鹿角で腎陽を補い、人参で気を補うことは人体の持つ活性酸素除去能力を補うことにつながります。

 最後に、体中に炎症性サイトカインが異常に産生されているような状態に対しては、牛黄のような清熱解毒剤が必要になってきます。清の時代の「温病条弁」には牛黄の薬効として“日月の精を得て神明を通じるとともに腎水を滋し、虚火を降ろす”とあるほか、中国における論文では、脳内出血後の全身性の炎症に対して牛黄は血中の過剰なインターロイキン6が低下させるという臨床報告もあります。

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