現代における“脾”と食の重要性

腸内細菌叢が寿命に影響する

 近年、国内外で腸内細菌叢が便通だけでなく、人体の健康状態に様々な影響を与えているとする研究が盛んに行われています。具体的には、腸内細菌叢とアレルギーや自己免疫疾患、糖尿病や肥満、自閉症、うつ病などとの関連性を示唆する研究発表が次々となされており、健康な人の便を移植する糞便微生物移植とよばれる手法も米国を中心に潰瘍性大腸炎をはじめ、過敏性腸症候群、アルツハイマー病、パーキンソン病などに応用されています。

 また、今年の3月には、早稲田大学と東京大学を中心とする共同研究グループが、日本人を含めた12カ国におけるヒトの腸内細菌叢データの比較解析を行い、“日本人の腸内細菌叢の特徴に生体に有益な機能が外国人よりも多く含まれており、その総合的な有益性は日本人の世界一の平均寿命や低い肥満率等と関連することが示唆された”とする研究発表がありました。すなわち、腸内細菌叢の善し悪しが寿命に影響するというわけですが、正に漢方の世界でいう“脾は後天之本”ということを裏付けるものといえます。

五臓の脾に関しては、六腑の胃とともに飲食物の消化、吸収のほか栄養物や水分の代謝などを担っていますが、これらの機能は現代医学的には腸内細菌の働きと深く関わっており、五臓の脾が正常に働くためには腸内細菌叢は重要な役割をはたしています。

 

ストレスと腸内細菌

 さて、この時期は五月病などストレス性の症状が顕在化しやすくなりますが、ストレスによる症状に関して、漢方では肝鬱気滞と脾虚肝乗という二つのパターンを分けて考えます。簡単にいえば、前者は中等度以上の体力のある方に強いストレスが影響して体調を崩すというもので、後者はもともと胃腸が弱くてストレス抵抗力が低下した方がちょっとしたストレスの影響でダメージを受けやすくなって様々な症状を呈するというものです。

 この脾虚肝乗タイプは、比較的若い世代で年々増えてきているように感じますが、腸内細菌との関わりから考えると、腸内細菌バランスが悪いことによって脳腸相関から自律神経のバランスを欠きやすく、不安感が強く出やすくなると考えられます。因みに、このタイプには頓服では麝香製剤が効果的ですが、教科書的には小建中湯などが適応することになっています。

 

腸内細菌叢を良くするには

 さて、糞便微生物移植までいかなくても、腸内細菌叢を良くするためにはどうすればよいかという研究も進んでおり、水溶性食物線維の摂取が短期間のうちに腸内細菌バランスを良くするといわれています。これは食物線維の発酵により生じる短鎖脂肪酸が大腸粘膜上皮の栄養源になるとともに、腸管内を酸性に保つことで有害菌の増殖を抑えることなどによるとされています。発酵食品なども同様に、腸内環境を良くするとされており、日本人の腸内細菌バランスが良いというのも、味噌や醤油、糠漬けや納豆などの発酵食品を摂ることが影響しているとされています。

 ただし、日本人の1日辺りの食物線維の摂取量は昭和22年が27.4gであるのに対して平成26年では14.2gとほぼ半減している上に、若い人たちを中心に味噌や納豆などの伝統的な発酵食品の摂取量も低下しています。一方、腸内細菌叢に悪影響をもたらす要素としては、特に幼少期の抗生物質の濫用、保存料などの食品添加物の影響から、人工甘味料やアイスクリームなどに使われる乳化剤などの影響も指摘されています。そのほかにも、高脂肪食や冷たいものの摂りすぎ、食事の際に噛まない、夜遅く食事をするなどの食習慣は胃腸に負担になるとともに腸内細菌叢に悪影響を与えます。

 結局、ストレス性疾患に関して脾虚肝乗タイプの方が増えてきている原因が、ストレスそのものよりも食の部分の問題から腸内細菌叢が悪化していることが背景にあると思われますが、そういった患者さんをはじめ、腸内細菌叢との関連性が指摘されている疾患に対しては、薬の服用だけでなく食生活の改善を指導することが欠かせない時代であるといえます。

 

 

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