漢方薬局に於ける情報の非対称性

情報の非対称性

 マーケティングの世界では情報の非対称性という概念があって、これは市場に於ける売り手と買い手の間に存在する情報の格差を指しますが、一般的には情報の非対称性が存在するとマーケットが円滑に機能しないと考えます。極端な例でいえばお正月の百貨店の福袋でも中身が一切不明であれば、いくらお買い得といわれても手が出ないわけです。最近ではこうした福袋も中身の写真付きで販売されたりしていますが、中身の写真や服のブランド名やサイズという情報を売り手側が提供することが情報の非対称性の解消につながり販売しやすくなるわけです。

 この情報の非対称性という概念を最初に指摘したのはアメリカの理論経済学者ですが、医療現場に於ける医師と患者の情報の格差が医療保険の効率的な運用を妨げているとした論文で、一九六三年のことです。確かに医療では検査や投薬といった医療サービスの必要性や選択基準、あるいはそのコストについて情報の非対称性が顕著に表れます。その後、医療現場でインフォームドコンセントの重要性が叫ばれるようになりましたが、一般的な商品と違って医学薬学の高度な情報に関する非対称性を解消するのは現実的に難しく、経済的な問題以外に不信感や誤解が生じやすい場となっています。また、患者側が理解することを諦めるかわりに「総てお任せします」となることが多いですが、その為には医療を提供する側が信頼されることが絶対条件であり、同時に高度な倫理観も要求されることにもなります。反対に言えば、医療現場に限らず倫理観が要求される場面ではこの情報の非対称性が存在するのが一般的で、食材の偽装問題なども根底には情報の非対称性を悪用した例といえます。

 

薬の販売と情報の非対称性

 この情報の非対称性という側面から我々の業界をみた場合、ドラッグストアに於けるセルフ販売やインターネット販売では情報の非対称性が少ない商品、すなわちテレビや雑誌で宣伝されているような商品ほど売りやすいのは言うまでもありませんし、インターネット販売で口コミ情報を充実させているのも情報の非対称性を解消もしくは消費者に情報の非対称性を感じなくさせる手法の一環と捉えられます。ただし、今後は情報の非対称性の少ない商品ほどインターネット販売を中心に値引き競争になるのは避けられません。

 こういった状況の中、個人経営の漢方薬局や相談薬局とよばれる業態がとるべき戦略について考えてみると、これからはむしろ情報の非対称性の存在をアピールする事が重要になってくるのではないかと思います。

 漢方では、同じ病名がついていてもその人の体質や生活環境、あるいは季節によっても最適な処方が異なること、服用している処方が効いたら効いたで同じ処方を漫然と続けるよりもその時点での最適な処方を選ぶべきであること、補腎などでは自覚症状が改善しても加齢とともに腎虚が進むので量を減らしてでも服用し続ける方が良いなどといったことは、対症療法が中心の西洋医学的な薬の使用に慣れきっている現代人からすれば考えつかなくなってきています。

 このような現代日本の状況では、漢方薬を正しく使用するためには専門的な知識が必要であること、そこには厳然とした情報の非対称性が存在することをこれまで以上にアピールしていく必要があると思います。ただし、同時に個々の患者さんに対しては、適切な比喩なども使いながらわかりやすく説明できるだけの能力も要求されることになります。

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