新型コロナウイルスへの対応

傷寒論の世界へ

今回の新型コロナウイルスに関して、当初、武漢では強毒性で致死率が高いと思われたことで、パニックに陥った人々が病院へ殺到したために感染の拡大と医療崩壊が起こり、そのことが更なる恐怖心の原因ともなりました。また、感染症で“特効薬”がないということが大きなストレスとなったことは間違いなく、ストレスによって人々の免疫力が低下してしまうことと、感染者だらけの病院に多くの人が集まったことで、更に感染者が増えていったと思われます。

近代に於いて、ペニシリンの発見と、それに続く様々な抗生物質や抗ウイルス剤の開発を通じて、有史以来人類を苦しめてきた感染症から解放されたと多くの人が考えていた中で、今回の新型コロナウイルスの世界的な流行は、まるで傷寒論の世界に逆戻りした感があります。

現代人は、特効薬としての抗生物質や抗ウイルス剤がないと病気が治らないと考えがちですが、実際はこれらの抗生物質や抗ウイルス剤と自分の免疫力の両方の作用で病原体を排除しているわけで、特効薬がないからといって治らないわけではありません。実際に、今回の新型コロナウイルスに対しても、日本感染症学会では肺炎に移行するリスクの少ない50歳未満の感染者に対しては経過観察のみで対応するとした指針を発表していますし、若い人では実際に感染しても症状もでない方や、比較的短時間で回復されている方もおられます。感染症であれ、慢性病であれ人間の免疫力が一番大事であるのは間違いなく、それをいかに維持するかという方法論の積み重ねが漢方の世界で“養生”とよばれているわけですが、今回の新型コロナウイルスを契機に多くの人が養生の重要性を再認識していただければと思います。

養生の基本

さて、漢方的に考えて新型コロナウイルスのような感染症への対抗策としては、“気”のエネルギーを充実させることが重要であり、そのためには“気”の主な発生源である“脾”がしっかりしている必要があります。西洋医学的にいえば腸内細菌バランスの改善を通じて、腸管免疫を充実させるということになりますが、五行説でもウイルスなどが侵入してくる鼻やのど、気管支は五臓の“肺”であり、“肺”は六腑の“大腸”と表裏の関係にあるとともに、“脾”と“肺”は相生関係にあります。このように“後天之本”である“脾”がしっかりしていることは感染症対策としては特に重要になってきます。食事に関していえば、若年層に多くみられる“生冷過食”や食事の際にほとんど噛まない“流し込み食べ”といった行為は、それだけでも“脾”の機能低下につながり、ひいては免疫力の低下につながります。また、高齢者では“脾”の機能をバックアップしている“腎”の機能低下が見られることから、補腎を心がける必要もあります。また、ストレスの影響で睡眠状態が悪くなると免疫力が一気に低下します。特に春は“木の芽時”であり、自律神経と関係する“肝”の症状が顕在化しやすい時期でもあり、新型コロナウイルスに対する恐怖感が焦りの感情を生み出し、寝付きが悪いとか、寝つけても眠りが浅くなりがちです。このような時には羚羊角などの熄風薬で気を落ち着けることで睡眠状態を改善することが重要です。

また、焦りというよりは不安感が強い方では、寝つけるものの夜中に何度か目が覚めるという睡眠障害パターンがよくみられますが、この様なときには麝香製剤が有効です。

新型肺炎への対応

中国のサイトには今回の新型コロナウイルスに感染した場合に用いられる漢方処方(中成薬)で日本でも販売されているものとしては、銀翹散(ぎんぎょうさん)などが挙げられています。銀翹散は、からだがだるくなって発熱するとか、咽が痛くなるといった“かぜ”の初期症状に対して用いられるもので、下痢や嘔吐を伴う場合にはかっ香正気散を併用します。ただし、念のためにつけ加えさせていただくと、漢方薬の作用としては直接ウイルスに対して効果を発揮するわけではなく、あくまで生体にはたらきかけるものです。もともと漢方には病原菌=病気という発想はなく、症状=病気であり、さらに同じ症状でもその人の体質というか状態によって用いられる処方は変わってきますので、同じ病原菌による疾患であっても、症状や体質の違いによって用いられる処方は異なります。上記の銀翹散などもあくまで代表的な処方であって誰が服用しても効果が期待される訳ではありません。

さて、新型コロナウイルスで特に問題になるのは、感染後、肺炎に移行した場合ですが、重症化するケースでは肺に入り込んだウイルスに対して免疫細胞が暴走してサイトカインストームとよばれる状態になって炎症が広がると考えられています。このような炎症反応の暴走状態はインフルエンザ脳症や熱中症でもみられますが、今のところ、それに対する特効薬はありません。ただし、漢方の世界では古来、このような時に用いられるのが牛黄です。牛黄は日本では「解熱」「鎮痙」「強心」の3つの効能がみとめられていますが、牛黄の解熱作用は、新薬の解熱薬のように単に体温を下げる訳ではなく、体内で発生した過剰な炎症物質を消去することだと考えられます。

牛黄に関して神農本草経には『主として驚癇の病や寒熱病、発熱が盛んなとき、狂ったようになったり、痙攣の病を治す』とあり、病態としては正に今回、武漢でみられたように急に卒倒して倒れるとか、インフルエンザ脳症で側頭葉が障害をうけたときにみられる異常行動といったサイトカインストームに対する有効性が記されています。

 

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