水毒の季節

生冷過食の弊害

 これから気温が上昇してくるとともに漢方でいう水毒症状を呈する人が増えてきます。水毒とは、からだが処理できない過剰な水分のことで、主な症状としてはむくみや下痢、軟便、頭重やめまい、冷え症などが代表的なものですが、動悸やノイローゼなどの精神疾患につながることもあります。

 水は生命にとって欠かせないものですが、短時間に水を大量に飲めば急性水中毒をおこして死に至ることもあります。実際、数年前にアメリカのカリフォルニア州で水飲み競争に参加した二八才の女性が三時間ほどの間に七・五リットルの水を飲んで死亡したケースが日本でも報道されました。水を飲んでいくうちに頭痛やめまいといった症状があらわれ、数時間後には脳浮腫から呼吸困難に陥って死亡したとのことです。水中毒とは、短時間に過剰な水を摂取することで低ナトリウム血症となり、軽症であれば倦怠感や頭痛程度で済みますが、重症になると性格の変化や痙攣、さらには昏睡、呼吸困難をきたすとされています。

 この様な極端な例は別にしても、水毒を抱えている方は店頭でもよく見かけます。特にここ何年かは家庭や職場でウォーターサーバーを設置しているところが増えて、水を飲むことが健康につながるイメージが広がったこと、猛暑が続いて脱水症の予防に水分をとることが推奨されていることなどから、水分を過剰に摂取している人が増えています。また、水分の摂取量もさることながら、年中冷たい水分を摂ることでおなかを冷やして結果的に水分代謝に異常をきたしているというパターンも多く見受けられます。

  漢方では水分代謝を受け持っているのは五臓の中で脾、肺、腎の三つとされ、特に全身の水分代謝に関しては脾、即ち胃腸の水分代謝機能を重視します。一般的に一日に摂取する水分は、飲料以外に主食や副食に含まれる水分も合わせて二リットル程度ですが、胃腸はそれ以外にも膨大な量の水を処理しています。即ち、一日あたり胃腸には、唾液(一・五リットル)や胃液(二リットル)など生理的に必要な水分が十リットル以上も流れ込み、大半は大腸で再吸収されて循環しています。また、胃腸の機能は、湿気や冷えによって低下しますので、同じ量の水分を摂取しても冷たいものほど代謝に悪影響を与えます。漢方の養生法の中の不摂生のひとつに生冷過食とよばれるものがありますが、現代日本では生冷過食が行き着くところまで行ってしまっている感があり、このことが余計に水毒をため込みやすくなっていると考えられます。

 

常温なら大丈夫?

 水毒と関係する症状として店頭でよく見かけるのは、頭重感やむくみ、全身倦怠感、あるいは不安神経症などで、教科書的には胃腸機能を高めたり利水剤と呼ばれるような処方の適応となりますが、現代日本人の生活を考えた場合、漢方薬を服用するだけではなかなか改善しません。“養生七分治三分”という言葉があるように、病気の治療に関して養生部分の占める割合が圧倒的に大きいわけですが、そもそも養生が無茶苦茶で水毒を抱えている人に、薬だけで良くなる訳もなく、食生活を中心とした生活習慣の改善を指導することは欠かせません。

 もともと胃腸機能に悪影響を与える湿気の多い日本で長生きするためには、“おなかを冷やさない”事が養生の基本中の基本であり、有史以来、昭和の中頃までは一般常識でもありました。冷たいものを多飲しないことや、ぬか漬けをはじめ発酵食品を日常的に食べることで腸内細菌バランスを改善し、善玉菌の発酵熱を利用して内側からおなかを温めてもきたわけです。生活習慣の改善というと難しそうですが、水毒に関していえば“おなかを冷やさない”ようにしてもらうだけでも治療効果は大きく違ってきます。

 最後に、常温で水やお茶を飲んでいますという方もお見受けしますが、“冷たい”というのは言葉をかえると“冷(さ)めたもの”であって、温かくないものは総て“冷たい”ものです。何度以上なら良いですかという質問もよく受けますが、基準温度は体温ですとこたえるようにしています。

 

 

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