百病はみな気より生ず

ストレスと病気

普段なにげなく使っている日本語の“病気”という言葉は、“気を病む”という意味で、江戸時代後期の貝原益軒の「百病はみな気より生ず。病とは気病むなり。」という言葉が元になっていると思います。また、貝原益軒の言葉も黄帝内経・素問の「百病は気より生ず」から来ているものと思われますが、漢方では精神的なストレスが様々な病を引き起こすことを重視してきました。

現代では“病は気から”というと根性論というか精神論的なニュアンスが強い様に思いますが、本来の意味は、ストレスによって“気”の巡りが変調をきたすと、“血”や“水(津液)”の巡りも乱れて、やがて五臓六腑にも影響して病を発症するということです。それだけに病の予防という観点からは“気”の巡りを整えることが重要で、鍼灸や気功なども“気”の巡りをよくすることで病気の予防や治療につなげていこうとするものです。また、薬物療法としては主に消化管の“気”の通りをよくする目的では木香や香附子、縮砂などの行気薬が用いられるほか、精神的な症状に対しては龍骨、牡蠣などの重鎮安神薬や、酸棗仁や遠志などの養心安神薬が用いられます。更に、ストレスによって不安感が強くなって夜中に何度も目が覚めるとか悪夢を見るようなケースでは開竅薬の麝香が、焦りが強く出て寝つけないとか、とにかく何かが気になって一時も落ち着かないといった肝鬱化風とよばれる病態には平肝息風薬の羚羊角などが速効性に優れています。

 

睡眠が一番大事

俗に“ストレスは胃にくる”などともいいますが、ストレスの影響で胃腸の調子が悪くなることは多いですし、イライラするとか不安感が強くなったり、何もする気がしないといった抑鬱症状などもストレスによる症状としてよくみられます。また、持続的な強いストレスは白血球中のリンパ球の働きを低下させるほか、ストレスによって放出されるカテコラミンにさらされた腸内細菌は病原性が高まることで免疫力の低下につながるばかりか、腸内細菌は神経成長因子やセロトニンなどの神経伝達物質を脳に送り込んでストレス反応を抑制しており(脳腸相関)、腸内細菌バランスの悪化はストレス抵抗力の低下に直結します。ストレス抵抗力を漢方的にみた場合は、まず“気”のエネルギーの弱い方(気虚)や全身の気の巡りをコントロールしている五臓の“肝”に問題(肝血不足など)がある方はストレスに対する抵抗力が低下しており、ちょっとしたストレスでも“気”の巡りが乱れやすくなります。こういった方には“気”の巡りを正常化するとともに、ストレス抵抗力を上げていくために、時間はかかりますが“気”や“血”の主な発生源である“脾胃”の状態を改善していくことも重要です。

また、普段は健康な方でも、昨今のコロナ禍のような急性かつ深刻なストレスによって体調を崩す方がおられますが、本人はあまり気にしていなくても睡眠状態に問題があることが多いです。普段元気な方ほど少しくらい眠れなくても気にならないものですが、ストレスによる睡眠障害が、昼間の体調不良の原因となっていることが多く見受けられます。こういった方には昼間の症状に対応するよりも、まずは睡眠障害のタイプに合わせて速効性のある麝香製剤や羚羊角製剤を3日くらい試してもらって、睡眠の質を改善することが昼間の症状の緩和にもつながっていきます。

良質な睡眠は、成長ホルモンの分泌により昼間に傷ついた細胞の修復や栄養代謝が改善されるほか、ぐっすり眠ることは自律神経のバランスを整え、免疫力の維持にもつながります。睡眠は一日の3分の1をしめており、この時間帯の“気”の巡りの不調は、本人が気づかないうちに、昼間の精神的、肉体的な不調に大きく影響しています。ただでさえ日本人の睡眠時間は世界的にみても短いことが知られていますが、睡眠中の“気”の巡りを安定させることは、ストレス抵抗力を高めて百病の予防につながります。

関連記事

  1. 夏の湿邪と汗の影響

  2. サフランは2つの“脳”に効く

  3. 秋の夜長に睡眠について考える

  4. 加齢と頻尿

  5. 東洋の時代へ

  6. “脾虚”が蔓延する現代日本