“心(こころ)”と脳

受動意識仮説

 慶応大学大学院システムデザイン・マネジメント研究科の前野隆司教授によると、私たちの行動や考え方を支配しているのは無意識や潜在意識であり、自分=顕在意識がみずから行ったと思っていても、実際は無意識からの指令によって行っており、意識はその行動を受動的にエピソード記憶しているだけだという受動意識仮説という考え方を提唱されています。

 一見怪しげな考え方のようにも見えますが、脳科学の分野では、1980年代にカリフォルニア大学サンフランシスコ校の医学部神経生理学のリベット教授が行った実験で、指を動かそうと思ったときに動かしてくださいと指示された被験者の脳を測定したところ、指の筋肉を動かせという脳波が観測されて0.35秒後に、指を動かそうとする意識の部分の脳波が観測されたそうです。つまり、行動が先にあって、意識はそれを後追いして認識しているということになります。その後、世界各地で同様の実験が繰り返されていますが結果は同じだそうです。

 前野教授は、もともとロボットに心を持たせる研究をされていて、脳科学や心理学の論文を読みすすむうちに、この受動意識仮説を思いついたそうです。同仮説によれば、直感やひらめきなども無意識の領域から“降りてくる”ものであり、深く静かな呼吸を心がけるなど無意識を整えるようなライフスタイルを持つことは創造的な思考をするきっかけになるばかりか、“自分”だと意識している範囲を超えて、無意識の領域にアクセスできれば人間には無限といっていいほど伸びる可能性があるのではないかと考えておられるようです。このような考え方は、心理学者のユングが提唱した集合的無意識という概念にも近いものを感じますが、ロボット工学や脳科学の進歩は現代人にあらためて“自分とは何か”という問題を提議していると思います。

漢方の立場から

  脳科学は文字通り脳にばかり注目していますが、漢方的には人間の“こころ”はあくまで神志を主る五臓の“心”にあるとされ、受動意識仮説でいう無意識の主体とは“心”であり、リベット教授の実験でも、指を動かそうという心(こころ)の働きが先にあって、脳は指が動いたことを認知しているだけともいえます。また、道家思想でいう万物斉同や、気一元論の考え方では、この世の万物は一つであり、天下はひとつの気でできているとされており、仏教においても自分というものは実体のない空として、あらゆるものとのつながりの中にあると考えられています(因みに“悟る”とは、“無我の境地”という言葉が表すように、我=自分があらゆるものの一部であることを体験することです)。また、一人ひとりの“心”を通じて外界とつながっていると考えられています。

  そう考えると、受動意識仮説でいう無意識の領域とは脳が自分と考えている存在以外の総てということになり、そこにアクセスすることができれば、前野教授のおっしゃるとおり、無限の可能性が開けていることになります。

  近年の科学的な研究でも、人体の中で発せられる電場や磁場を測定すると心臓が最も強く、磁場は脳の100倍もあるそうです。昨年、TDKと東京医科歯科大学が常温下で心臓の磁界分布を可視化できる装置の開発に成功し、今後、心臓疾患の診断などに応用できるモバイルセンサーの開発をめざすそうです。また、これまでにも地磁気の変動などが、五臓の“心”と関連する心臓病や精神病の悪化と相関関係があることが知られていますが、個人の心臓の発する磁場に対して、地磁気だけでなく、他者や宇宙から発せられる磁気や電磁波がどのように影響するかが解明されることが期待されます。特に昔と違って人工的な電磁波に囲まれている現代人は、そういった電磁波によって心(こころ)がダメージを受けている可能性が高く、牛黄などの開竅薬で“心”の安定をはかることは、健康の維持だけでなく受動意識仮説でいう無意識を整えることにもつながると思います。

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