「生命と食」

Photo_20  昨年話題になった「生物と無生物のあいだ」などの著者、福岡伸一教授が今年の3月に有機農業研究会全国大会で講演された内容に加筆されたものです。

 分子生物学が専門の著者は、遺伝子の発見以来、遺伝子の組み換えやES細胞などの先端技術の根底には機械論的な生命観~生命とは遺伝子というミクロなパーツから成り立っている、一種の分子機械である~があり、現代人は無意識にそういった生命観を信じているが、だからといって遺伝子を総て解析し、人工的に遺伝子を作ったところで生命現象が現れるわけではなく、そこに現代科学が見落としているものがあると指摘しています。

 また、食と生命の関係では、食べ物をカロリー源として捉え、それを燃焼させてエネルギーを取りだしているといった考え方も「端的な機械論的生命観」であり、食べ物をカロリーに換算することで、「生命現象の非常に大事な側面を見失ってしまう」としています。

 具体的には、20世紀半ばに行われたシェーンハイマーの実験~同位体元素を用いて作ったエサをネズミに3日間食べさせて、その元素がネズミの体内でどのように利用されているかを調べた実験~の結果、目印をつけたアミノ酸は全身に飛び移り、その半分以上が、脳、筋肉、消化管、骨、血管、血液など、あらゆる組織や臓器を構成するタンパク質の一部となっており、即ち、食べ物はネズミのからだの一部となってその場に留まっており、また、この間、「食べものの分子は、単にエネルギー源として燃やされるだけではなく、体のすべての材料となって体の中に溶け込んでいき、それと同時に、体を構成していた分子は、外へ出ていくということ」がわかったことや、生命は絶え間のない流れにあり、そのような有り様をシェーンハイマーは「動的平衡」と名付けたという話しを紹介しています。

 動的平衡状態では、自動車にガソリンを入れるがごとく食べ物を扱う機械論的生命観と違って、ガソリン(=食べ物)が自動車のエンジンや車体と絶え間なく置き換わっていくような状態であり、常に「時間」とともに動いているとされています。また、生命現象がこのように合成と分解を絶え間なく繰り返すことが、地球上で生命の誕生以来30億年以上もの長きに渡って生命現象が続いている理由であるとしています。

 本書では、その他にも狂牛病や食の安全に関する著者の考え方が述べられていますが、シェーンハイマーの動的平衡という考え方にしても極めて東洋的な生命観に近いものを感じると共に、「色即是空」とかにもつながる発想のように思えました。

(岩波ブックレットNo.736、福岡伸一著、2008年8月6日発行)

 

 

 

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