認知症について

溶液中の動的平衡

食べ物はエネルギーを生み出す燃料として燃やされるだけでなく、その何割かは食べた後に速やかに体内の分子と置き換わるというシェーンハイマーの実験を例に、生命現象とは動的平衡状態にあることを世に広めたのは分子生物学者で青山学院大学教授の福岡伸一氏ですが、今年の7月に大阪大学と北海道大学の共同研究で溶解度の50分の1という低濃度の塩水においても、ナノレベルでは塩の析出と溶解が繰り返されていること、すなわち溶質が溶媒に「溶けている」という現象が、実際には析出と溶解の動的平衡により成り立っていることを立証したとする発表がありました。

更に、“アルツハイマー病の原因タンパク質が塩とともに溶解しているとき、塩が一時的に析出し成長すると、その表面に多くのタンパク質分子が吸着し、その後、その塩が再び溶ける時、吸着したタンパク質分子が塩の消滅点に集められ、局所濃縮され、通常では起こり得ない反応が起き、結果、タンパク質の凝集核を形成することがわかりました。この凝集核こそがアルツハイマー病の原因物質の起点となるものであり、こうした塩のナノレベルでの析出と溶解によって、タンパク質の凝集を加速することが明らかとなりました。これはタンパク質の凝集現象における全く新しいメカニズムであり、このメカニズムこそが、凝集反応を支配する可能性もあります。(※)”とのことです。

タンパク質のひとつであるアミロイドβは健常人の脳内にも存在しますが、アルツハイマー病に於いてはアミロイドβの凝集体が脳内に蓄積し、脳内の神経細胞に障害を与えて次々と死滅させていくことで脳の萎縮や認知機能の低下がおこるとされています。今回の発表ではアミロイドβの凝集に関して脳の血管内や脳脊髄液においてナノレベルでの塩の析出と溶解が繰りかえされることで凝集がおこることがわかったというものです。因みに以前から塩分摂取量の多さはアルツハイマー病のリスクを高めるとされており、今回の新たな知見からも納得できます。

漢方的な見方

漢方ではアルツハイマー病をはじめ認知症の予防には補腎と活血が重要とされています。

特にアルツハイマー病に関しては“髄海”である脳の萎縮がみられることから、“髄”を生み出す腎精の不足が関わっていると考えられますが、今回の発表内容から考えると、腎精の減少から脳脊髄液が減少したり、腎陰虚から血液中の“液”が減少することでも、脳内に於いて塩分濃度が上昇することでアミロイドβの凝集反応が促進されるのかもしれません。また、認知症の病態に於いては痰濁や瘀血など血液の流れが悪い状態も関係するとされ、このことは血液や脳脊髄液の流れの停滞につながることからアミロイドβが凝集しやすくなるとも考えられます。

尚、脳脊髄液に関しては、昔は自然に循環していると考えられていましたが、近年、アメリカのロチェスター大学の研究によって、脳内のグリア細胞が血管の外側にパイプのようなものを形成し、このパイプを通じて栄養に富んだ脳脊髄液を脳の神経細胞に届けるとともに、老廃物を含んだ脳脊髄液を排出する仕組みが存在することが明らかになっています。また、マウスによる実験では、ノンレム睡眠時に脳細胞が縮んで脳細胞間の隙間が約60%も広がり、アミロイドβなどの老廃物を排出しやすくしていることもわかっています。更に、ワシントン大学による調査でも、睡眠の質が良い人ほど脳内のアミロイドβタンパク質の蓄積が少ないこともわかっており、ぐっすり眠ることは頭がすっきりするだけでなく、アルツハイマー病の予防につながる可能性があります。反対にいうとストレスや生活習慣の乱れによって睡眠の質が良くない方は認知症のリスクが高くなるわけですが、高齢者に於いては特にストレスや心配事もない方で眠れないという方もおられます。これは、漢方で致病因子の一つに挙げられている“安逸過度”から、“気”の巡りが悪くなったケースで、麝香製剤で睡眠の質の改善が期待できますし、そのことで認知症の予防にもつながると思います。

(※:大阪大学のサイトより:https://resou.osaka-u.ac.jp/ja/research/2020/20200729_1

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