動的平衡と“血肉有情之品”鹿茸

シェーンハイマーの実験

 数年前に分子生物学者で青山学院大学教授の福岡伸一博士が著書で紹介したことから広く知られるようになったシェーンハイマーの実験とは、同位体元素で目印をつけたアミノ酸を含む餌をラットに3日間食べさせた後に、ラットの排泄物とからだの組織を調べ、食べたものが体内でどのように代謝されていくのかについて調べたというものです。実験の結果は予想外で、目印をつけたアミノ酸はラットの脳、肝臓、筋肉、骨、血液など全身の組織や臓器を構成するタンパク質の一部となって、元もとそこにあった分子と入れ替わっていたというものです。要するに食べ物はエネルギー源として燃やされるだけでなく、絶えずからだを構成している分子と入れ替わっており、「食べものの分子そのものが体を一瞬作り、それが分解されて、また流れていく。体というふうに見えているものは、そこにずっとあるわけではなくて、絶え間なく合成され分解されていく、流れの中にあるのです。(福岡伸一著 「生命と食」より抜粋)」ということが解ったというものです。そして、「シェーンハイマーは、生命が絶え間のない流れにあることを明らかにし、その有りように「動的平衡」という名前をつけました。(同上)」

 因みに、このシェーンハイマーの実験が行われたのは、今から半世紀以上前の一九四0年頃ですが、近年、老化現象やがん、神経変性疾患などとも深く関わる現象として、分子生物学の分野で大きな注目を浴びているものにオートファジーがあります。オートファジーとは、人体を構成する細胞の中で“絶え間なく合成され分解されていく”現象のことで、つまりシェーンハイマーの実験で明らかにされたように食べ物の分子とからだを構成している分子が入れ替わっているだけでなく、細胞の中の有機物も絶えず分解と合成が繰り返されていることが明らかになっています。正に人体は動的平衡状態にあるわけです

 

血肉有情之品

 さて、漢方の世界では食べ物は脾胃(胃腸)によって“気”“血”“津液”“精(後天之精)”として体内に取り込まれるとされており、中でも健康状態を維持するために“精”をいかに補うのかが重要とされています。“精”とは生命の根源物質のようなもので“命門之火”とも称される腎陽の燃料であり、人体を構成する物質的な基礎であり、成長、生殖、長寿の原動力でもありますが、黄帝内経によると“両神あい搏(う)ち、合して形をなす、常に身に先じて生ずるは、これを精という”、“生の来るはこれを精という”などとあり、“精”とは単なる栄養素のようなものではなく、生命を生命たらしめている高次元のエネルギーのようなものともいえます。

  “精”の不足は成長の遅れや生殖能力の低下につながり、また、老化とは“精”の減少過程であり、“精”を補うことは生命力そのものを補うことにつながります。その“精”を補う方法としては、人参などで脾気(胃腸機能)を高めて食べ物から“精(後天の精)”をとりいれる能力を高めたり、腎陽が衰えてきた場合には附子や肉桂で腎陽を補うことで、腎陽を元に発現する脾陽をも補い、結果的に“精(後天の精)”を補うのが一般的です。

  また、“精のつく”ものほど、“精”を補う力が強いと考えられていますが、生薬の中では古来、鹿茸が最も優れているとされています。鹿茸には、人参や附子などと違って、李時珍が本草綱目で指摘しているように“精”そのものを生じさせる力があり、それゆえ“精”を補う高貴薬として珍重されてきました。また、動物性で鹿茸のような作用を持つものを“血肉有情之品”とも言いますが、シェーンハイマーの実験結果を考えると正に言い得て妙だと思います。

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