“憂いの秋”につながる腸内環境の悪化

 暑かった夏も過ぎて、ようやく日差しも柔らかくなって参りました。これから迎える秋といえば“食欲の秋”や“読書の秋”といったイメージが一般的かもしれませんが、漢方薬局の立場からは、どうしても“憂いの秋”という言葉が浮かんできます。“憂いの秋”とは、秋に対応した七情が「憂」であることからでた言葉ですが、ここ数年、当薬局に相談に来られる患者さんのお話を伺っていると、十中八九は主訴の背景にストレスというか気鬱の存在があります。

 漢方ではストレス性の疾患の場合、その多くはストレスが気の流れを滞らせることによって発症するとされています。このとき、気のエネルギーが普通にある方がストレスの影響で発症するケースと、もともと気のエネルギーが低下している方に、ストレスが影響して発症するケースに分けて考えますが、最近は若い方を中心に圧倒的に後者のパターンが多く見受けられます。要するに、ストレスそのものの問題よりもストレス抵抗力の低下であり、ちょっとしたストレスの影響で気の流れが滞ってしまうというパターンです。

 日本人は胃腸機能を低下させる湿度の高い環境で生活している上に、ここ数十年の間に食生活が乱れる一方で、気の主な生成源である胃腸が弱っている方が増加しており、気のエネルギーが低下した結果としてストレス抵抗力が低下しているように思います。特にこれからの季節は夏ばての影響などもあって、尚更、気力が低下しがちです。

 また、ストレス抵抗力が低下した状態では、些細なストレスの影響を受けただけで、おなかが張る、ゲップやガスが出る、便通の異常といった胃腸症状があらわれやすくなり、このことが更に気の生成に悪影響を与えるといった悪循環に陥ります。やがて時間の経過と共に、意欲の低下、ため息がよく出るといった精神神経症状から、動悸がしたり不安感が強くなる、睡眠障害といった症状へとつながりかねません。

 このような場合、漢方では初期の段階で小建中湯がよく用いられてきました。この処方は、桂枝加芍薬湯という消化管の緊張をゆるめるような処方に腸内環境を整えるオリゴ糖の一種とも言える膠飴(麦芽糖)を加えたものです。ところが、野菜などの食物繊維の不足や、発酵食品離れ、化学的な添加物だらけの加工食品の日常化、冷たいものの摂りすぎといった現代日本人の食生活の実態を考えると、現代において小建中湯が適応するようなストレス抵抗力が低下した方は、より積極的に腸内環境を整えるべきだと思います。

 東京医科歯科大学名誉教授の藤田紘一郎先生によると、現代日本人の腸内環境~腸内細菌叢のバランスは悪化する一方であり、結果的に腸内細菌がその生成に大きく関与している幸せ物質とも称されるセロトニンやドパミンといった脳内神経伝達物質が不足して、うつ病患者の増加につながっていると指摘されています。漢方的に考えても神経伝達に支障をきたすことは気がスムーズに流れないことにつながりますし、気の主な生成源が「脾」、即ち胃腸であるという理論とも合致します。また、五臓六腑の関係でも「心」と「小腸」、感情と関係の深い“魄”の宿る「肺」も「大腸」と表裏の関係にあり、西洋医学で言う脳腸相関は、漢方的に見ても辻褄が合います。

 更に、前回書いたサフランもそうでしたが、生薬で精神的な安定作用を有するものの多くには、胃腸症状にも有効なものが多く、例えば、麝香なども本草綱目におなかの痛みや痞えのほか、冷たいものを食べすぎておなかの調子が悪くなった時にも効くと記されています。ただし、「憂いの秋」としないためには、まずは食養生などにより腸内環境を改善することが重要です。

 

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