漢方(東洋哲学)に於ける“神”とは

 “神”というと宗教的な意味合いにとられがちですが、漢方でいう“神”とは、宗教的な意味合い以前に、生命を生命たらしめている存在としてとらえています。

 世の中のものを総て陰と陽に分けて考える陰陽論の原典ともいえる“周易”には、“陰陽測られず、之を神という”とあり、陰陽を越えた存在とされ、同じく“周易”に“神なるものは万物に妙にして言を為すものなり”とあり、万物を万物たらしめている存在としています。

 また、漢方医学のバイブルともいえる黄帝内経には“血気已に和し、営衛已に通じ、五臓已に成る。神気心に舎し、魂魄ことごとく具わりて乃(すなわ)ち人と成るなり”とあり、神気とは人が人として存在するための精神的且つ肉体的な原動力のような存在とされています。

 因みに、同じ黄帝内経には“神に随(したが)い往来するもの、これを魂という”とあり、人が死んだら、魂は神とともに“あの世”に還っていくとされています。また、“往来する”とあるように、人が生まれるときには、魂は神とともに還ってくると考えられています。

ところで、漢方では患者さんを診るときに四診といって、視覚による望診、聴覚、嗅覚による聞診、話を聞く問診、患者さんの脈などをみる切診の4つが基本とされています。この望診の中には、顔色や姿勢、体形、爪、毛髪などそれぞれ診察するポイントがありますが、まず初めに望神といって患者さんの“神”を診ることになっています。

 患者さんの精神状態や意識がしっかりしており、目にも力があるような状態を“有神(または得神)”といい、病状が軽く予後も良いと判断し、精神状態や顔色も悪く言語もとぎれとぎれのような状態を“無神(または失神)”といい、危急の症候はなくとも注意が必要ととらえます。また、例外的に“無神”の患者さんが急に勢いよくしゃべり出したり、顔色が悪かったものが突然両頬に赤みがさしてきたような状態を“仮神”とよび、病状が急変(悪化)した症候と捉えます。因みに、日本語でも、突然意識をなくして倒れることを“失神”と呼ぶのも、このような考え方からきています。

 

 人間は洋の東西を問わず、太古の昔から大自然や人間が存在する理由を追い求めてきたわけで、この世の存在の根源的な原因となるものを“神”と呼んだようです。実際に、古代ギリシャのアリストテレスは神は“すべての原因”であるといっています。

 いずれにせよ、この世ではない形而上のことであり、極めて哲学的な問題ではありますが、近年の科学、特に量子論の進歩は、老子などの中国哲学の概念が“科学的”にみて必ずしも否定できないことを示しており、今世紀中にも“神”とは何かがもっとはっきりするかもしれません。

(※形而上とは、この世のものではないという意味ですが、宇宙は10次元(空間9次元+時間1次元)から、我々が“この世”として実感できる3次元空間が誕生(膨張)したことが3年ほど前に解明されています。簡単にいうと、3次元空間以外の6次元は小さすぎて実感できないのだそうです。)

 

 

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