血肉有情之品とマイクロRNA

血肉有情之品

血肉有情之品とは、簡単にいえば動物生薬のことですが、植物性の生薬に比べて、人体に対して補う力が強いことを強調した言い方で、特に、鹿茸や亀板など精を補う作用に優れ、生命の存亡にかかわる精、気、神の三宝を盛んにするものを指します。もともと有情とは、唐の玄奘三蔵(三蔵法師)が梵語サットヴァを訳したもので、感情や意識を有する動物(生きもの)をあらわす仏教用語です(有情に対して植物や鉱物などは無情あるいは非情とよばれます)。漢方の世界で最初に血肉有情之品という概念を提示したのは唐の時代に『千金方』を編纂し、薬王とも尊称される孫思邈(そんしばく)ですが、孫思邈(そんしばく)は幼少時から学業にはげみ、老荘思想にも通じていた上に仏典にも精通していたことが知られています。また、『千金方』に於いて「身を安んずるの本は必ず食にあり」と記すなど食餌療法を重視しており、血肉有情之品という概念も薬食同源思想をベースに、植物性のものより人間により近い動物性の方が人体に対する親和性が強いという考え方だと思います。

マイクロRNA

さて、近年核酸医学の領域で注目されているもののひとつにマイクロRNA(miRNA)があります。マイクロRNAとは、名前の通り20から25塩基長程度の極めて微小な一本鎖RNAで、動物や植物の様々な細胞から主にエクソソームとよばれる微小な膜小胞に内包された状態で分泌されます。発見されたのも比較的新しく1993年のことですが、その後の研究で、このmiRNAはタンパク質へ翻訳されることはないものの、標的遺伝子に結合することで、その遺伝子の発現を調節して細胞の増殖や分化をはじめ生命現象に対して重要な役割を担っていることがわかりました。具体的には、ヒトゲノムには1000以上のマイクロRNAがコードされており、ヒト全遺伝子の約6割がマイクロRNAによって発現制御を受けていることがわかっています。因みにマイクロRNAは、過去には存在意義がよくわからなかったジャンクDNAとよばれるタンパク質の設計図が載っていない領域でつくられることがわかっています。

現在、様々な種類のがん細胞特有のマイクロRNAをバイオマーカーとして利用したり、がん細胞が転移するために分泌するマイクロRNAに対する抗体医薬の開発などに関する研究が先行しています。また、食品に含まれるマイクロRNAの中に発がんに関与するものや反対にがんを抑制する機能を持ったマイクロRNAも見つかっており、食品に含まれる三大栄養素やビタミン、ミネラルあるいはファイトケミカルとよばれるような機能性成分以外に、食品に含まれるマイクロRNAが人体に対して遺伝子を制御することによってもたらされる機能や、あるいは人体におけるマイクロRNAの発現を調節する成分についても研究が進められています。その他、腸内細菌が腸管上皮細胞のマイクロRNAの発現に影響を及ぼすことも確認されており、人体と共生する腸内細菌をはじめとする微生物の役割についてもマイクロRNAという切り口での研究が進んでいます。

生薬や漢方処方についても、臨床的に薬効は認められていても、その有効成分については一部がわかっているだけで、中には有効成分がいまだに不詳とされているものも多く、今後、マイクロRNAに関する研究が進むことで、生薬自体に含まれるマイクロRNAの機能や人体におけるマイクロRNAの調節作用などを有する成分の解明がまたれます。実際、この分野の研究が進むことで薬理学や栄養学の教科書が書き換えられる可能性が高いと思いますし、生薬に関していえばマイクロRNAが遺伝子の制御に関わるということを考えれば、老化などに伴って人体の機能が低下してきたときに、それを遺伝子の制御を通じて補うには植物よりもヒトの遺伝子に近い動物の方が勝っていると考えられます。もしそうであるなら“血肉有情之品”という言葉がより深く感じられます。

 

 

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