「病家須知」より

わかりやすい漢方講座(44)〜「病家須知」より(1)

 江戸時代の末期、武士出身の医者で当時の幕府の医学校校長でもあった多紀元簡に学びながらも、官職につかず町医者となった平野重誠が42歳の時に記した「病家須知(びょうかすち)」という書物〜現代でいう「家庭医学事典」のようなもの〜の中には、日頃の養生法や食事指導、看病の心得、様々な疾患や薬の解説から医者の選び方やつきあい方までが事細かに記されています。

 この書物には、病気の原因として「食欲・睡眠欲・色欲」の3つの欲を挙げ、これらが「身体の正気を逆行させる」としています。また、「この3欲をおさめ、心の持病を治すのに、むやみに草根木皮を用いず、鍼や灸を施さず、しかもそのその効果が普通の薬剤に勝っている処方を掲載し、これを天下の多くの民に授けて、未病を治し、すでに病んだものを癒し、長寿を得ることを願う」として6種類の処方を挙げています。

 これらの処方は「人々がよく信じて、長く服用すれば、どんな疾病・病苦も平癒するであろう。どんな事業も成就するであろう。実に病を抑え、摂生の神方であり、長生の名剤である。仰いで信ずべく伏して思うべし。」と述べています。

 では、いったいどのような処方かというと、いくつかの処方を現代風の書き方で表すと・・・

「和気散」

(効能)一切の邪気・怒気・抑うつ・不平の気を治す
(成分)「忍」の字1個、「忘」の字1個
(用法・用量)この2味を細末にして声を出さず唾液で飲み干す。或いは、まず「忍」を服用すれば、一時のわずらいを免れ、続いて「忘」も服用すれば、終身、憂いはなくなる。

「無憂丸」

(効能)3欲の毒を抑制し、妄想の火をおさめる
(成分)和気散を丸薬とし、「潔白」に包んで服用する
(服用の注意)不浄な行いが無く、心に恥じることがないことを、一生の楽しみとして過ごし、贅沢や遊興に馴染まないこと。また、むやみにこの薬を服用すれば、ものごとにおぼれ、損害をこうむりやすくなる。よくその分量を守り、これを飽きることなく服用して、志を養えば、神気は少しずつ爽快になり、世間のわずらいや悩みさえ知らず、身勝手な考えもおこらない。ついには心の主軸となるものを得て、身体もしだいに安穏となる。

「慎独丸」

(成分)「守口」、「防意」、「熟思」、「審処」の各等分をふるいにかけ末とし合わせ、丸薬となす。
(効能)もっぱら目上の者の言葉に従い、人に影響され、人にそそのかされ、人の意見ばかり求め、人をほめたたえるのをやめさせる。また、几帳面、優柔不断、うわごと、憤怒、深情け、あざむきなどの病を治す。
(用法)しゃべらずに唾液で飲み下す。後で湯で送り込むとさらに神験がある。
(注意)口の守りはかめ(瓶)のように、意志の守りは城のように、熟慮して、へつらったりおごることがなければ自然に効果がある。製方の妙は試せば明らかである。

などですが、単なる道徳論ではなく、現代における精神分析医のカウンセリングに通じる部分もあると思います。

 著者の平野重誠によれば、江戸時代においても、やたら薬を売ろうとする医師の姿勢や、人々もすぐに薬に頼りたがる風潮に対する憤りがあり、病を治すためには呼吸法や食養生などが重要であるとして「まだ症状の現れていない者に、病気を避ける方法を教え、すでに病気になった者には、正しい手当をわからせたいという思いを抑えきれず、ついに一冊の書物とした」とのことです。

 また、この書物には看病についても事細かに書かれており、薬に頼るよりも重要なことがたくさんある事を思い知らされます。

(この「病家須知」は昨年、(社)農山漁村文化協会より、監修:小曽戸洋、監訳:中村篤彦、編著:看護史研究会として現代語訳版が出版され、この現代語訳版を参照しました)

 

関連記事

  1. 季節の変わり目

  2. 花粉症

  3. 五臓六腑

  4. 漢方から見た「美容」

  5. 養生の基本原則

  6. インフルエンザの漢方療法