前回、2000年以上前に書かれた神農本草経にも麝香はストレスが原因で気の流れが乱れてぐっすりと眠れないのを治療すると書かれているということを紹介させて頂きましたが、麝香のもつその他の作用について解説させてもらいます。
もっとも、その他の作用といっても基本的には何らかの原因で気の流れが滞ることによって生じる病態を速やかに改善するという事に他ならないわけですが、明の時代に李時珍が著した有名な「本草綱目」には「諸竅を通じさせ、経絡を開いて体の隅々までの気の流れを良くする。また酒毒や冷たいものを食べすぎておこる消化不良を治すだけでなく、脳卒中、胃腸虚弱、何かに怯えて体が凍り付くようになるのを治すことができる。また、気の逆行による突然の眩暈などにも良く、気の滞りによるおなかの痛みやしこりを治す」と書かれています。
漢方的に少し解説しますと本来「気」というものは陰陽でいえば「陽」(=機能)であり、「陰」(=物質)である「血」や「水」は「気」のエネルギーによって運行し、気とともに体内を滞りなく巡っている状態がすなわち健康な状態であるとされ、ストレスや冷えなどといった原因で「気」の流れが滞ることによって「気」だけでなく「血」や「水」も滞り、この結果として様々な病態が発生するとされています。
ついでながら「病は気から」というのも、黄帝内経の中に「百病は気より生ずる」という記述があって人間が病になるという事は、まず始めに気の流れが何らかの理由で障害を受け、血や水の流れなどにも影響が及んで病気になっていくという事を言っているわけです。即ち、「気」の流れさえ良い状態を保てれば病気にもならないとされています。もちろん一般的な生薬の中にも気の流れを良くする理気薬とよばれるようなものはたくさん有りますが、麝香は他のどんな生薬にもまして速やかになおかつ全身のあらゆる経絡(十二経)において気の流れを良くすることができるとされ、だからこそ高貴薬であるわけです。
李時珍の麝香に関する記述はそのままほぼ救心感応丸氣の適応症に書かれていることでもありますが、その他にも麝香は脳卒中に用いられる安宮牛黄丸や蘇合香丸などの主薬であるばかりか、希少性を考えるともったいない話しですが、二日酔いで体がだるいとか、あるいは梅雨時に湿気の影響を受けて気の流れが悪くなってだるさを感じるときなどにも即効性がありますし、蓄膿や花粉症など明らかな原因もないのによく鼻が詰まるといったときにも効きますし、神経痛や腰痛などにも内服はもちろんのこと外用でも用いられたりと、「気」の流れを回復させる万能薬といえます。
ただし注意しないといけないのは、漢方医学上は流産の恐れがあるので妊婦さんには禁忌であるという事と、体質が虚弱で「気」そのものの絶対量が少ない人には麝香で「気」を動かし続けると「気」をより消耗してしまうことがあるので、必ず人参などで補気する必要があるという事ですが、ストレスが充満する現代社会においては麝香のもつ優れた効能はなくてはならないものだと言えます。

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